「俺の若い頃は」が、部下を遠ざける
2026/06/11
部下と話しているとき、ついつい出てしまう言葉がある。
「俺の若い頃はもっと厳しかった」「私が新人の頃はこんなの当たり前だった」。
指導のつもりで、励ましのつもりで、つい口をついて出てくる。良かれと思って話している。それは間違いない。
でも、これは実はとても敬遠されてしまう話題だ。
部下が求めているのは、今の自分にとって必要なアドバイスだ。なのに語られるのは、時代も状況も違う過去の武勇伝。部下からすれば、今の自分を見てもらえていない感覚が残る。昔話を聞かされるたび、静かに心のシャッターを下ろしたくなる。それが正直なところだろう。
「オジサン」「オバサン」と思われてしまうのは、話の内容そのものよりも、この温度差にある。
過去を語ることは、今への不満の表れ
「俺の頃は」という言葉が出てくるとき、実はそこには一つの真実が隠れている。
それは、今の自分の立場や存在感に、満足できていないということ。
今の自分の指導力に、今の自分の関係性に、確かな手応えを感じていれば、わざわざ過去を持ち出す必要はない。今のままで十分に伝わると思えていれば、語るべきは今の状況になる。今この部下が抱えている課題、今この現場で起きていること。それで会話は十分に成り立つ。
過去の実績や苦労話に頼ってしまうのは、今の自分の言葉だけでは足りないと、心のどこかで感じているからだ。
今が満たされていない。それを埋めるために、過去の栄光を持ち出してしまう。
今の自分も、一つの出来事にすぎない
今どんな上司であるか。それも一つの出来事にすぎない。
部下との距離が今どうであるか。信頼関係が今どうであるか。これらはすべて、起きている出来事の一つでしかない。
その出来事をどう捉えるかは、自分のフィルターによる。
「今の自分には昔ほどの説得力がない」と捉えるフィルターを通せば、過去にすがりたくなる。「今の自分だからこそ伝えられることがある」と捉えるフィルターを通せば、過去を持ち出す必要すらなくなる。
出来事そのものに、良いも悪いもない。それをどう意味づけするかが、すべてを決めている。
過去の意味づけで、今が変わる。そして過去の意味づけは自分次第。
これは、上司としての今の自分の意味づけにも、まったく同じことが言える。
フィルターを変えれば、関係も変わる
もし今、部下との会話でつい昔話をしてしまう自分に気づいたなら。それは責めることではなく、気づくチャンスだ。
自分がどんなフィルターで今の自分を見ているのか。そこに目を向けてみてほしい。
今の自分にしか語れない言葉がある。今の現場を見て感じていること、今の部下の状況に対して考えていること、今この瞬間にできる関わり方。それを語れる上司は、過去に頼らなくても、ちゃんと信頼されていく。
過去の武勇伝ではなく、今のフィルターを整える。それだけで、部下との時間の質が、静かに変わっていく。
一人で抱え込まずに、安東成道に相談してみてね。
----------------------------------------------------------------------
成健研究所
茨城県水戸市元吉田町913番地1
電話番号:090-3147-0770
水戸市でメンタルの不調に対応
----------------------------------------------------------------------